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小倉昌男 経営学(小倉昌男) 

日本で個人宅配市場をターゲットにした”宅急便”の営業が開始されたのは
昭和51年 のことだった。

役員全員が反対しているからといって一歩前に踏み出さなければ、会社がピンチに瀕するのは間違いなかった。昭和50年4月から昭和51年3月までの売上高は
350億円、経常利益はわずか2,690万円、利益率は0.07%まで落ち込んでいた。
実行に向かって前進せざるを得ない状況にヤマト運輸は追い込まれていた。

小倉昌男 経営学小倉昌男 経営学
(1999/10)
小倉 昌男

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小倉氏は宅急便事業成功のポイントは次の2つだと語る
・トップである私が採算が取れる事業になり得ると経営判断したこと
・採算が取れるようにするにはいかなる事業にすべきか、徹底的に工夫したこと。
宅急便はその工夫の結実であった。
そしてコンセプトは【サービスが先、利益は後】


実施された数々の工夫
・主婦に敬遠されないように社員が荷物に補強をすることとした
・翌日配達(その実現のためのサービスチェック)
・包括的な均一料金
・在宅時配達の実現
・夜8時までの配達延長
・年中無休体制の確立
・過疎地での営業
・スキー、ゴルフ、クール宅急便の取扱開始等顧客ニーズへの対応

サービス向上には終わりがない一つの水準に達したら、さらに上の水準を目指す。しかも他社に先駆けて
それが勝ち続ける企業の条件である

顧客本位の工夫が次から次へと続けられた結果、同社の成功を真似て参入した後発35社のほとんどが撤退した
ヤマト運輸復活(がんばれ日本)!

 宇宙戦艦ヤマト復活篇 / Yamato'83
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宇宙戦艦ヤマト 復活篇
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